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京都地方裁判所 昭和49年(行ウ)16号 判決 1977年7月15日

原告 加藤定一

被告 中京税務署長 ほか一名

訴訟代理人 三上耕一 森野満夫 ほか五名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告中京税務署長(以下被告税務署長という。)が原告に対して昭和四七年三月一一日付でなした原告の昭和四五年分所得税の総所得額を一七八万七〇〇〇円と更正した処分のうち三三万円を起える部分並びに過少申告加算税の額を七〇〇〇円と賦課決定した処分を取消す。

2  被告国税不服審判所長(以下被告審判所長という。)が原告に対して昭和四九年五月二八日でなした原告の昭和四五年分所得税更正決定処分に対する審査請求についての裁判を取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件更正処分及び裁判の経過

(一) 原告は友禅の染色加工業を営むものであるが、昭和四六年三月一二日に被告税務署長に対して昭和四五年分(以下本件係争年分という)の所得金額を別表一の(一)欄のとおり確定申告したところ、同被告は昭和四七年三月一一日付で同表(三)欄の金額に更正する処分(以下本件更正処分という)及び同表(五)欄記載の過少申告加算税の賦課決定処分をなし、原告に対しその旨通知した(申告所得金額、更正所得金額による算出税額はそれぞれ同表(二)、(四)欄の各金額である)。

(二) 原告はこれに対し昭和四七年四月二八日付で右被告に異議申立をしたが、同年七月二六日付で同被告はこれを棄却しその旨原告に通知した。

(三) 原告はこれを不服として更に同年八月二五日付で被告審判所長に対して審査請求をしたところ、同被告は昭和四九年五月二八日付でこれを棄却し、その頃原告にその旨通知した。

2  本件更正処分の違法事由

本件更正処分は以下のとおりその手続に違法があり、かつ所得を過大に認定した違法がある。

(一) 被告税務署長は本件更正処分に先立ち原告の本件係争年分の所得金額の調査を行なつたが、その調査には根拠がなく質問検査権を濫用した違法がある。

(二) 被告税務署長は原告に対する本件更正処分の通知書にその理由を附記しなかつた違法がある。

(三) 原告の所得金額は別表一の(一)欄記載の金額であり、本件更正処分のうち右金額をこえる部分については原告の所得を過大に認定した違法がある。

3  本件裁決の違法事由

本件審査手続には以下のとおり違法事由があり、本件裁決も違法である。

すなわち、原告が被告審判所長に対し昭和四八年六月一二日本件更正処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したのに対し、同被告は所得調査書類の閲覧をさせず、原告に閲覧を許可したものは、確定申告書、更正加算税賦課決定決議書(以下更正決定決議書という)異議決定決議書、所得調査書等要約書であり、右はいずれも本件更正処分の理由となつた事実を証するものではなく、結局において原告の書類閲覧請求権を侵害した違法がある。

4  よつて、本件更正処分及び本件裁決はいずれも違法であるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の各事実は認める。

2  同2の各事実のうち、被告税務署長が原告主張の調査を行なつたこと及び本件更正処分の通知書にその理由を附記しなかつたことは認め、その余は争う。

3  同3の事実のうち、原告が原告主張の書類の閲覧を請求したこと及びこれに対し同被告が原告主張の各書類を閲覧させたにすぎず、所得調査書類の閲覧をさせなかつたことは認めるが、その余は争う。

4  同4の主張は争う。

三  被告税務署長の主張

1  原告の所得金額算定の根拠

(一) 推計の必要性

(1) 原告が本件係争年分の所得につき被告税務署長に提出した確定申告書には、原告の所得計算に必要な事項として所得金額及び専従者控除額の記載があるのみであつたので、中京税務署担当職員(以下担当職員という)は、昭和四六年九月八日原告方を訪れ、原告の妻に面接し、所得税に関する調査に来た旨を告げたが、原告が不在のため追つて日時を打ち合わせることで帰署し、その後原告から同月一六日午前一〇時と指定してきたので、右担当職員は右指定日時に原告方を訪れ原告に面接し「昭和四五年分所得税の調査に来ました。あなたの申告所得は売上金額より推計したところ特別の事情がない退り過少であると思われます。事業の収支に関する資料を提示して説明してほしい。」と申し入れたが、原告は「税務署が調査に来るならどこが悪いかはつきりわかつてから調査に来い。町内の商売人、民商の加入者を全部調査した後自分の調査をしろ。」などと言つて調査に協力せず、さらに、担当職員は同年一〇月二一日にも原告宅を訪れたが、原告はその際も担当職員の所得調査上の質問に対してほとんど応じようとせず、帳簿書類及び原始記録等をなんら提示しなかつた。

(2) その後原告は審査時の昭和四八年一二月一〇日、担当審判官に原告の昭和四五年分外注費、人件費集計用紙(以下集計用紙という)を提出し、かつ、その原始記録たる帳簿(以下原始帳簿という)を提示したうえ、右原始帳簿が判取帳の役割を果たし、昭和四五年一月分の外注費につき集計用紙と原始帳簿とを対比しながら集計用紙が原始帳簿の記載を正確に抜書したものであると説明したが、担当審判官が右原始帳簿の記載内容の確認等のためその提出を求めたところ原告はこれを拒否した。

(3) 原告は本件訴訟において支払帳を提出しているが、右支払帳は判取帳の性格を有せず、記載の順序・体裁・内容・時期からみて本件訴訟の立証のために作出したものと考えられるので、実額課税の根拠たりえない。

(4) そこで、原告の本件係争年分の所得金額を以下のとおり推計により算定した。

(二) 同業者六三名の平均所得率による推計(主位的主張)

(1) 収入金額 一三三〇万八二五七円

本件係争年分における原告の有限会社藤工業所との取引金額一三七五万八三〇〇円から売上値引および歩引高四五万〇〇四三円を差し引いた額である。

(2) 原価及び一般経費 一〇三六万三一三九円

原告の本件係争年分の収入金額に、後記同業者六三名の同年分の平均所得率(収入金額から原価及び一般経費を控除した後の収入金額に対する割合)二二・一三%から求めた原価及び一般経費率七七・八七%(1-0.2213=0.7787)を乗じた額である。

(3) 特別経費 二〇万八〇三四円

原告の本件係争年分の地代家賃一四万八五〇〇円、支払利子五万九五三四円の合計額である。

(4) 専従者控除額 一五万円

(5) 事業所得金額 二五八万七〇八四円

右(1)から(2)、(3)、(4)の合計を差し引いた額である。

(三) 右同業者六三名の平均所得率による推計の合理性

右同業者六三名は、原告と同様中京税務署管内に納税地を有し、同じ中京区内で仕入友禅の染色加工業を営む個人事業者で、本件係争年分の所得税確定申告にあたり青色申告決算書を提出した者全員(但し、事業の中途開廃業者、不服申立もしくは訴訟係属中のものは除く。)であるから、その選定過程には被告の恣意が介入する余地はなく、右のように同業者を青色申告者に限定した理由は、所得率を求めるためには各同業者の収入金額、必要経費等につき個々の具体的数値をもとに算出することが必要であるが、これらの数値は原告記録及び帳簿書類等に基づいて適正な申告をしている青色申告者の決算書によることがより正確であると認められたからであり、また、その平均所得率は多数の同業者の営業規模の多様性等の個別的特性が包摂され、平均化されていると見ることができるから、この平均所得率によることには合理性がある。

(四) 同業者一名の所得率による推計(予備的主張)

(1) 収入金額 (二)の(1)と同じ

(2) 原価及び一般経費 一一〇四万四五二二円

右(1)の収入金額に、後記同業者一名の本件係争年分の所得率一七・〇一%から求めた原価及び一般経費率八二・九九%(1-0.1701=0.8299)を乗じた額である。

(3) 特別経費及びその内訳 (二)の(3)と同じ

(4) 専従者控除額 (二)の(4)と同じ

(5) 事業所得金額 一九〇万五七〇一円

右(1)から(2)、(3)、(4)の合計を差し引いた額である。

(五) 右同業者一名の所得率による推計の合理性

右同業者一名は原告と同一の取引先である有限会社藤工業所の注文を受けるすり友禅の染色加工業者で、原告同様中京税務署管内に事業所を有し、本件係争年分の青色申告決算書を提出した者であつて、取引先、作業内容、業態、利益率の点で原告ときわめて類似している。

一般的に元請からの継続的受注の場合において、加工賃の決定、ひいては、利益率は対元請との力関係で決定されるから、右同業者に原告と同一の元請から継続的に受注する者を選定するのがのぞましいところ、この推計は同種、同業態で同一下請という条件に原告に固有な条件を加味したものであるから合理性がある。

(六) 同業者三二名の平均所得率による推計(第二次予備的主張)

(1) 収入金額 (二)の(1)と同じ

(2) 特別経費及びその内訳 (二)の(3)と同じ

(3) 専従者控除額 (二)の(4)と同じ

(4) 事業所得額 二五五万二四八一円

右(1)の収入金額に、後記同業者三二名の平均所得率二一・八七%を乗じた額から(2)、(3)の合計を差し引いた額である。

(七) 右同業者三二名の所得率による推計の合理性

右同業者三二名は、前記(三)の同業者六三名から、原告と事業規模の類似しているものとして原告の収入金額の五〇%ないし一五〇%の範囲にあるものを抽出したもので、右同業者三二名を原告の所得を算定する基準となるべき同業者として取り扱うことには合理性がある。

四  被告審判所長の主張

1  被告審判所長の担当審判官(以下担当審判官という)が所得調査書類の閲覧を許さなかつた理由は、右書類に本件更正処分の理由となつている事実のみならず、原告の売上金額及び一般経費控除後の所得金額の推計資料となる同業者の売上金額、仕入金額、差益率、一般経費控除後の所得金額、所得率等第三者の個人的秘密に属し、これを閲覧に供することが第三者の利益を害すると認める事項並びに課税のための調査の着眼点、指示等行政上の秘密に関する事項が混然一体となつて記載されているためであり、右拒否理由は国税通則法九六条二項所定の正当の理由に該当するから、前記所得調査書類の閲覧拒否は違法ではない。

2  担当審判官は、所得調査書類に記載されていた本件更正処分の理由となつた事実の部分をとりまとめて所得調査書等要約書を作成し、原告に開示しており、原告の書類閲覧請求権を侵害した違法はない。

五  被告らの主張に対する原告の認否及び反論

1  被告税務署長の主張に対する認否

(一) 三の1の(一)の(1)の事実のうち、担当職員が昭和四六年九月八日原告宅を訪れ、原告の妻に面接し所得税に関する調査に来た旨を告げたところ、原告が不在のため追つて日時を打ち合わせることで帰署したこと、その後原告から同月一六日午前一〇時と指定されたので右担当職員が指定日時に原告方を訪れ原告に面接したこと、さらに、右担当職員が同年一〇月二一日にも原告方を訪れたこと、原告が帳簿書類及び原始記録を提示しなかつたことは認め、その余は争う。

同(3)の主張は争う。

(二) 同(二)、(四)、(六)の各事実のうち、地代家賃、支払利子、専従者控除額は認め、その余は否認する。

(三) 同(三)、(五)、(七)は争う。

2  被告審判所長の主張に対する認否

(七) 四の事実のうち、担当審判官作成の所得調査書等要約書を原告に閲覧させたことは認め、その余は争う。

3  被告らの主張に対する原告の反論

(一) 本件推計の合理性の欠如について

(1) 原告は昭和四四年四月までは小紋のあつらえ友禅の染色業を行なつていたが、同年一〇月頃からすり仕入友禅の染色業に仕事をかえたものであるが、同じ友禅でも「あつらえ」と「すり」は業態が全く異つているものであるところ、本件推計における同業者は右いずれの友禅業者が選択されたものか、またその規模が不明である。

(2) 原告は昭和四五年一月一日ないし同一二月三一日までの間に人件費として三〇八万一一五〇円、外注費として三六三万四六五〇円を支払つたもので、これを記載した帳簿がある。またこの外注費が正確な意味での外注に当らないとしても、人件費として支払われたことが明らかである。したがつてこの費用につき考慮すべきにかかわらず全く考慮していない。

(3) 前記のようにあつらえ友禅からすり友禅に転向した場合は、一時期特別に人件費が多くなるものであり、本件係争年度がまさにこの時期に当るに拘らず、本件推計ではこの人件費の臨時増加という特殊事情を全く考慮に入れていない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  被告税務署長に対する請求について

1  原告は、本件更正処分が質問検査権を濫用した違法な調査に基づくものであることを理由に右更正処分の取消を求めるので、右調査の適否につき検討する。

国税通則法二四条、所得税法二三四条一項は、税務職員が更正処分等一定の処分を行なうに際し税務調査としての質問検査をなしうる旨規定しているところ、右質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については実体法上特段の定めがないから、質問検査の必要性と相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当と認められる範囲内である限り税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきである。したがつて、税務調査の日時、場所を被調査者に対して事前に通知せず、あるいは、納税者の同意なしにその取引先、銀行等に対していわゆる反面調査を実施し、さらに、調査の個別的具体的な必要性、理由を被調査者に開示しなかつたとしても、それらが質問検査を行なううえで法律上一律の要件とされているものでないことに鑑み、社会通念上相当な範囲内において実施された場合には適法な税務調査であるといわなければならない。

これを本件について検討すると、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すれば、中京税務署の担当職員は、昭和四六年九月八日に本件係争年分である昭和四五年分の原告の所得税の調査のため原告宅を訪れたが、原告は不在でその妻と面接したうえ追つて日時を打ち合わせることで帰署し、その後原告から指定を受けた同月一六日に原告宅を再度訪れ原告と面接したうえ、原告の昭和四五年分の申告所得額が過少でありその計算方法とその資料となる帳簿書類の呈示をして欲しい旨申し入れたところ、原告は「調査に来るならどこが悪いかを言え。」、「町内の他の商売人や民商の他の加入者を調べてから自分の調査をしろ。」などと申し向けて前記書類の開示を拒否し、同年一〇月二一日頃に三回目に前記担当職員が原告宅を訪れて帳簿書類及び原始記録等の開示を要求した際も、原告は結局右書類等を開示しなかつたこと、右担当職員は、原告訪問と併行してその取引先である有限会社藤工業所において原告との取引額の調査をしたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、担当職員が原告宅を初めて訪れた昭和四六年九月八日には、原告に対して予め税務調査の日時を通知していなかつたものの、同日原告が不在のため原告の指定した同年九月一六日二度目に原告宅を訪れた際には、右担当職員が原告の昭和四五年分の所得税確定申告の調査の目的で訪れたものであることを原告は確知していたものと認められ、二度目以降の調査は予め日時通知のうえなされたものであることは明らかであり、他に特段の事情も認められないので、原告及びその取引先に対する本件調査が社会通念上相当な限度を逸脱しているものと認めることはできず、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  原告は本件更正処分の通知書に理由が附記されておらず違法であると主張するので、この点につき判断する。

<証拠省略>によれば、原告は本件係争年分の所得税確定申告につき青色申告書を提出する旨の承認を受けていない、いわゆる白色申告者であつたことが認められ、本件更正処分の通知書に更正の理由が附記されていないことは当事者間に争いがない。そして、所得税法は青色申告について更正した場合にのみ、その通知書に理由を附記すべきものと規定(一五五条二項)し、白色申告について更正した場合には所得別の内訳金額を附記するだけで足りるとしている(一五四条二項)から、本件更正処分の通知書に理由が附記されていなくてもそれだけで右更正処分が違法となるものではない。

すなわち、右法条の趣旨は、一方では、多数の事案を比較的短期間で処理しなければならない更正処分について、すべて処分理由の附記を要求することは課税の能率、徴税事務の円滑等の見地からみて不適切であることを考慮し、他方では、帳簿備付、記嬢、確定申告における明細書添付等の義務を負う青色申告者を優遇し、青色申告の普及を促進する点をも考慮した結果、更正処分の際の理由附記を特に青色申告の場合に要求したものと解するのが相当である。

したがつて、白色申告に対する更正処分に理由を附記することが望ましいとしても、理由附記の趣旨が前記のごとくである以上、理由を附記しなくても違法ということはできないから、この点についての原告の主張も理由がない。

3  さらに、原告は、本件更正処分のうち所得金額が申告額を起える部分は被告税務署長の過大認定であつて違法である旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  収入金額について、

<証拠省略>によれば、大阪国税局長が本件訴訟の資料にする目的をもつて昭和四九年一一月五日付で原告の取引先である有限会社藤工業所(以下藤工業所という)に対し原告との昭和四五年中の取引金額の回答を求めたところ、藤工業所は同月七日付で藤工業所とその下請染色業者である原告間の昭和四五年中の取引額及び値引及び歩引について、別表二のとおり各月別に明示した回答をしたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告の昭和四五年中の収入額は別表二記載の取引額と歩引及び値引額の差額一三三〇万八二五七円を下らないものというべきである。

(二)  必要経費について

(1) 特別経費について

原告の昭和四五年分の特別経費として地代家賃と支払利子があり、それぞれの額が一四万八五〇〇円、五万九五三四円で結局合計二〇万八〇三四円であることについてはすべて当事者間に争いがない。

(2) 専従者控除額について

原告の昭和四五年分の専従者控除額が一五万円であることについては当事者間に争いがない。

(3) 売上原価及び一般経費について

被告は、原告の売上原価及び一般経費を算出するについて、前記収入金額から右収入金額に同業者六三名(主位的主張)、一名(予備的主張)あるいは三二名(第二次予備的主張)の昭和四五年分の平均所得率を乗じたものを差し引くという推計方法を主張するのでこれについて判断する。

(イ) 推計の必要性について

被告税務署長は原告の本件係争年分の総所得金額を推計によつて算出し、これに基づいて本件更正処分の適法性を主張しているところ、およそ、所得課税は可能な限り所得の実額によるべきものであるから、所得の推計による課税は、納税者が信頼できる帳簿等を備えておらず、課税庁の調査に対して非協力的な態度をとるなどのため、課税庁において所得の実額を把握できないときに、はじめて許容されるものといわなければならない。

これを本件についてみるに、前記二の1の認定事実によれば、原告は中京税務署の調査担当職員に対して本件係争年分の帳簿書類及び原始記録を正当な事由もなく提示しなかつたのであるから、原告の所得金額を算定するにあたつて重要な要素となる収入金額及び必要経費の実額を把握するための資料が提供されなかつたことが明らかである。

ところで、処分時に推計により課税せざるを得ない場合であつても、その後において実額計算をするに足りる資料の提出がある以上、納税者が当初から訴訟において実額計算のための帳簿書類の提出を企図するなど特段の事情のない限り実額により算定すべきものであり、原告が審査請求時に担当審判官に原告の昭和四五年分外注費、人件費集計用紙(以下集計用紙という、<証拠省略>を、また、本件訴訟において支払帳<証拠省略>をそれぞれ提出し、ともに証拠資料とされていることは当裁判所に顕著であるから、右集計用紙、支払帳がそれぞれ実額計算をするに足りる資料かどうかについて判断する。

まず、<証拠省略>によれば、原告は本件審査請求後の昭和四八年一二月一〇日担当審判官に集計用紙を提出したうえ、その原始記録たる帳簿(以下原始帳簿という)を提示し、右原始帳簿が判取帳の役割を果たし原告の昭和四五年一月分の外注費につき集計用紙と原始帳簿を対比しながら集計用紙が原始帳簿の記載を正確に抜書したものである旨説明したが、担当審判官が右原始帳簿の内容検討のため提出を求めたのに対してこれを拒否したことが認められ、これに反する証拠はない。

さらに、<証拠省略>によれば、原告の主張する雇人七名と外注先一〇名は外注先の加藤正弘が能率給である以外はすべていわゆる日給月給であり、実質上雇人と外注先との区別がないこと、賃金台帳(タイムカードともいつている)と原告がいうものに基づき支払帳及び集計用紙を作成したこと、支払のつど支払帳に記載したわけでないことが認められ、また、支払帳には支払月日欄の記載がなく欄外に年、月が記載されているにすぎず、右欄外の年、月の記載もいつ、いかなる経緯で記載されたものか判然とせず、右月日欄の完全不記入と対比して不自然さを感ぜしめる外、支払が小切手現金のいずれによつたかの区別もないうえ、その記載順序も必ずしも一定でないことが認められる。

つぎに支払帳、集計用紙の記載内容につき検討すると、原告が毎月支払つたと主張する家賃は、二月、三月、五月、七月、九月、一〇月分にしか記載がなく、また原告が外注先と主張する加藤正弘への支払いは支払帳には記載があるが集計用紙には記載がない。他方、支払帳により算出すると、加藤正弘の外注費は年間合計二〇二万五六八五円で、右集計用紙により算出すると一色他六名の人件費三〇八万一一五〇円、外注費の一部大口である宇野他八名のそれは年間三八八万八七五〇円で総合計額は八九九万五五八五円(別表四参照)となり、原告の必要経費はその申告所得額三三万円(別表一の(一))をはるかに超過してしまい、極めて不自然な結果となる。

したがつて、右支払帳及び集計用紙の記載内容は正確なものとして到底信頼することはできず、別に原告が本人尋問で述べる賃金台帳若くはタイムカードと称する帳簿、領収書若くは請求書の提出があれば格別、右支払帳及び集計用紙から原告の必要経費の実額を計算することは到底不可能という外ない。

そうすると、他に原告の本件係争年分の原価及び一般経費の実額を把握するに足りる資料の存しない本件において被告税務署長が推計により原告の本件係争年分の原価及び一般経費を算出したことは現時点においても相当であるといわなければならない。

(ロ) 推計の合理性について

推計には合理性がなければならないところ、このためには経験則として採用する推計方式自体に合理性があり、かつ、推計の基礎とした事実の選択が事案にとつて適切であることを必要とする。

これを本件について、被告主張の主位的、予備的推計方法につき以下順次検討する。

まず、主位的主張についてみるに、<証拠省略>弁論の全趣旨によれば、大阪国税局長は、本件訴訟の資料に供する目的で昭和五〇年三月二五日付で被告に対して通達をなし、中京税務署管内に納税地を有し、かつ友禅の染色加工業を営む個人事業者で、本件係争年分において青色申告決算書を提出している者全員(当該係争年分中に開廃業等をした事業の非継続者及び当該係争年分につき不服申立もしくは訴訟係属中のものは除く)の報告を求めたこと、これに対して被告税務署長は調査したところ、右通達で指定した要件を充足する同業者は全部で六三名であつたので、その全員につき住所、氏名、収入金額、原価、一般経費額、所得金額、所得率(所得金額を収入金額で除したもの)を記載した同年四月二五日付報告書を作成のうえ大阪国税局長に提出し、同報告書を書証<証拠省略>化するにつき、納税者の秘密保持の見地から、報告書のうち当該納税者の住所、氏名を特に隠したこと、右六三名の前記住所氏名以外の調査項目、数値、平均所得率が被告主張(別表三)どおりであること、がそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、右平均所得率によることの合理性につき考えるに、右事実関係によれば、原告の事業所の存する税務署管内の原告と同業の仕入れ友禅業者のうち、法規上帳簿書類より取引を正確に把握することができる青色申告者を対象とし、しかも恣意の介入余地のないようその全員を資料とした点において一応すぐれた点があるということができるけれども、他方、右同業者六三名を個別的に検討すれば、収入金額について最高が二億六七四二万三〇三四円、最低が一〇一万〇八七五円で両者の間に約二六〇倍以上もの差異があり、所得率についても最高は七九、二三%、最低は〇、六九%で約一一〇倍以上もの開きがある程のばらつきがあり、営業規模、形態、立他条件等において原告とかなり相異のあるものが含まれているという欠点があり、右優劣を対比すれば結局この六三名をそのまま推計の基礎事実とすることはいささか合理性に疑問があるという外なく、他により合理的な推計方法を求めるべきであるといわなければならない。

つぎに第二次予備的主張につきみる。これは前記六三名のうちより原告の営業規模と類似する同業者として収入金額が原告の五〇%ないし一五〇%の者三二名を抽出したうえ、その全員(別表三の番号17ないし48参照)を対象として、その平均所得率を求め、これに基づき原告の所得金額を推計しようとするものであるところ、この推計方法は抽出された同業者三二名が右抽出方法よりみて営業規模において原告とより類似性があり、その所得率も最高が三三・三〇%、最低が五・二五%で収入額と共にばらつきが少なく、対比資料として相当の範囲内のものということができ、この点で前記主位的方法の欠点を取り除いたものといえるうえに、第一次予備的主張の方法に比し対比資料が豊富である点でよりすぐれた方法ということができ、この三二名の同業者の平均所得率を推計の基礎とする推計方法は被告主張の方法のうち最も合理的方法と一応いうことができる。

(ハ) そこで原告の合理性欠如の主張についてまず主張(1)(同業者性)につきみるに、<証拠省略>によれば、原告本人のいう「すり友禅」業と被告税務署長が本件推計同業者として専ら抽出した「仕入友禅」は同じ業態と理解されており、これと「あつらえ友禅」は業態が違うものであるが、本件同業者には、「あつらえ友禅」業者は抽出されていないことが認められ、これを覆すに足りる証拠はないからこの点の原告の主張には理由がない。

つぎに主張(2)(費用実額不考慮)につきみるに、<証拠省略>からは必要経費総額の実額認定ができないことは前示のとおりであつて、同所判示の理由により一部の支出事実は認められるとしても、その額は結局算出できないことには変りなく、本件所得率による推計そのものの中に、経費率として考慮されていることは「所得率」という概念より明らかであるから、この主張も理由がない。

最後に主張(3)(転業特殊事情不考慮)につきみるに、原告主張の年間所得三三万円の点そのものが、原告本人尋問の結果によれば前示多数の被雇者より使用者の方が低所得となり原告の家族構成からみて不自然さを禁じえないのみならず、また、昭和四五年当時の原告の所得率が約三%に過ぎなかつた旨の原告本人の供述は信用できず、同供述によれば、仕入(すり)友禅業で慣れ不慣れが営業成績に直接かかわるのは主に実際に「すり」仕事をなす外注先とか使用人であるところ、原告の取引していた外注先、使用人は特に成績が劣つていたものでなかつたことが認められ、経営者としての不慣れによる或る程度の所得減は前記同業者のうちに含まれる原告の収入より五%低いものの中に平均化されて含まれているとみられないこともなく、他方この点を厳格にいえば同業者より創業早々の者を抽出せざるをえず、そうなればほとんど推計に必要な類似同業者の抽出が困難となりひいては合理的推計そのものを不可能ならしめる結果になりかねないので、結局この点の原告の主張も理由がない。

(ニ) 以上のとおりで他に合理性を疑うべき特段の事情も認められないから、前記同業者三二名の平均所得率により原告の原価及び一般経費を推計する方法は結局合理性があるというべきであるから、この方法により推計すれば原告の本件係争年分の原価及び一般経費は次式により一〇三九万七七四二円(少数点以下切り上げ)となる。

収入金額

1330万8257×(1-0.2187)= 1039万7742

(三)  事業所得金額について

以上認定したところによれば、原告の本件係争年分の事業所得金額は収入金額から原価、一般経費、特別経費、専従者控除額を差し引いた二五五万二四八一円となる。

(四)  そうだとすると課税標準を右金額の範囲内でなされた本件更正処分にはこれを取り消すべき瑕疵は存せず正当であるというべく、したがつて、本件更正処分が右のごとく維持されるべきものである以上、国税通則法六五条により本件更正により増加する部分の税額に一〇〇分の五の割合を乗じて得た金額の範囲内である右過少申告加算税の賦課も正当であるといわなければならない。

三  被告審判所長に対する請求について

原告が昭和四八年六月一二日被告審判所長の担当審判官に対し書類の閲覧を請求したこと、同被告が原告に確定申告書、更正決定決議書、異議決定決議書、所得調査書等要約書の閲覧をさせたが所得調査書類の閲覧をさせなかつたことについては当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告からの閲覧請求当時被告税務署長から送付のあつた本件所得調査書類が被告審判所長の手元にあつたこと、及び、所得調査書等要約書は担当審判官が右所得調査書類から閲覧を拒むべき事項を除いたもののうち本件更正処分の理由となつた事実をとりまとめて作成したものであることが認められる。

ところで、国税通則法九六条が審査請求人に書類閲覧請求権を認める趣旨は、行政不服審査法三三条同様、行政庁の手持資料の閲覧により審査請求人に行政庁の処分理由の正当性を検討し、攻撃防禦方法を講じる機会を与えたものと解すべきところ、前記被告審判所長が原告に閲覧させた本件所得調査書等要約書は、作成者は担当審判官で原処分庁ではないが、原告に更正処分の理由を検討し、攻撃防禦方法を講じる機会を与えるという前記国税通則法の趣旨を満たすものというべきであるから、原処分庁から提出された所得調査書類を閲覧させなかつたからといつて違法であるとはいえず、したがつて、その余について判断するまでもなく、原告のこの点についての請求も理由がない。

四  結論

よつて原告の被告らに対する各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 杉本昭一 岡原剛)

別紙<省略>

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